どこまでも、まよいみち

金のたまごをうむカニ@そだひさこ(第二稿)

昔々あるところに、貧乏な石工と、おくさんと、2人の息子がありました。石工の2人の息子はある日、近くの川へ魚釣りにいきましたが、魚はさっぱり釣れませんでした。そしてふと、岩の上を見ると、小さくて、珍しい色をしたカニがいました。2人はもっとよく見ようとカニに近づきました。カニはにげずにじっとしていました。2人はカニをつかまえて家に持ち帰り、石工に見せたあと、バケツの水の中に入れておきました。すると次の朝、カニはなんと、金のたまごをうんでいました。石工は金のたまごを町で売り、たくさんのお金を持って帰ってきました。カニはそれから毎日金のたまごをうんだので、石工は毎日町でそれを売りました。石工の家はすぐにお金持ちになりました。

石工の家のとなりには、仕立屋の家族が住んでいました。仕立屋は、石工が急に金持ちになったわけを知りたくて、毎日石工の家をのぞき見し、金のたまごをうむカニのことをさぐりあてました。仕立屋は何とかしてそのカニを手に入れたいと考えました。そして仕立屋は石工に、
「1日だけそのカニを貸してくれないか、明日必ず返すから。」
と頼みました。石工は、
「1日だけならいいだろう。」
といって、カニを仕立屋に貸してやりました。

仕立屋はカニを持って帰るとさっそく、カニを隅から隅まで観察しました。すると、カニのおなかに、小さな字が書いてありました。それは外国語でしたが、仕立屋は外国語を読む事ができました。そこには、こう書いてありました。
「このカニの甲羅を食べる者は王になる。脚を食べる者は毎朝金貨を手に入れる。」
 仕立屋は大喜びで、さっそくカニをあみに乗せて焼きはじめました(仕立屋は、カニを返す気なんかなかったんだよ!)。そして自分の息子にそれを食べさせるために、急いで息子を呼びに外へ出ていきました。

ちょうどそのとき、仕立屋の家のそばを通りかかった石工の息子たちは、カニが焼けるいいにおいに気がついて、石工の家の開けっぱなしのドアから中を見ました。すると、あのカニが、あみの上でこんがりと焼かれていました。2人はいいました。
「貸したカニを焼いてしまうなんて、ひどいやつだ!」
 そして2人は仕立屋の家にあがりこみ、あみの上のカニを自分たちが食べてしまいました。兄は甲羅を、弟は脚を。そこへ仕立屋が戻ってきたので、2人はいいました。
「貸したカニは返してもらいましたよ。」
 仕立屋はこれをきくと炎のように悔しがり、
「王になる甲羅を返せ、金貨になる脚を返せ!」
と叫びながら、2人を棒で殴りつけました。2人が逃げ帰っても、家まで追ってきて殴りつけました。2人はこのままここにいては殺されてしまうと思い、家族に別れを告げると、2人揃って旅に出ました。

2人は何日も旅を続けました。カニの脚を食べた弟の枕の下からは、毎朝金貨が出てきました。2人は仕立屋の言葉の意味がわかりました。弟は兄にいいました。
「兄さんはきっと、どこかで王様になるにちがいないよ。」

やがて2人は分かれ道にやってきました。弟は兄に、自分の指輪を渡していいました。
「それをぼくだと思っていつも身につけていてくれよ。再会したときにすぐに兄さんだとわかるように。」
 兄は弟に、自分のナイフを渡していいました。
「おまえも、これをぼくだと思っていつも身につけていてくれよ。再会したときにすぐにおまえだとわかるように。」
 そして兄は右の道へ、弟は左の道へ、それぞれあるいていきました。

右の道へいった兄はある町の門に着きました。もう真夜中になっていたので、ここで休むことにして、門のそばに横になりました。ところがちょうどこの町では、王様が亡くなったばかりで、大臣たちが次の王さまを決める話し合いをしているところでした。いちばん偉い大臣が、いいました。
「もし今、この真夜中に、この町の門のところにだれかがいたら、それが次の王だ。」
 大臣たちは城の窓から町の門を見ました。するとそこには、兄が横になって眠っていました。大臣たちはすぐに兄を城に運び入れ、王の冠をかぶせ、王の椅子に座らせました。こうして兄は王様になりました。

左の道へいった弟は、あるにぎやかな町に着きました。町には市場や、酒場や、宿屋がありました。そして町の人々はみな、きれいな服を着ていました。弟は酒場に入り、上等の酒を注文しました。すると、この酒場でいちばん美人のウエイトレスが酒を運んできました。ウエイトレスは、弟の財布に金貨がぎっしり詰まっているのを見ると、いいました。
「あら、旅のおかた、景気がいいこと。運だめしに、私とカードをしてみない?」
 弟はウエイトレスの誘いにのりました。しかし弟は負けに負けて、財布の中身を全部とられて、酒場を出ていきました。
 ところが次の日、弟はまた酒場にやってきました。そしてまた上等の酒を注文しました。酒を運んできたのは昨日と同じウエイトレスでした。ウエイトレスは、弟の財布にまた金貨がぎっしり詰まっているのを見て、いいました。
「あなた、ずいぶんお金持なのね。もう一度カードはいかが?」
 弟はまたウエイトレスの誘いにのりました。しかし弟は負けに負けて、また財布の中身を全部とられて酒場を出ていきました。
 ところがその次の日も、弟は酒場にやってきました。そしてまた上等の酒を注文しました。酒を運んできたウエイトレスは、弟の財布にまた金貨がぎっしり詰まっているのを見て、いいました。
「あなた、本当にお金持なのね。もう一度私とカードをする気はあるかしら?」
 弟はまたウエイトレスの誘いにのりました。しかし弟は負けに負けて、また財布の中身を全部とられて酒場を出ていきました。ウエイトレスはその日、酒場を出た弟のあとをつけました。しかし弟はお金がないので、野宿をするために町のはずれの草っぱらで横になりました。それを見たウエイトレスは思いました。
「これでもう本当にお金がなくなったのね。」
 そして少し気の毒になり、横になっている弟を起こして、自分の家へ連れていきました。弟はウエイトレスにおれいをいって、ソファーに横になりました。ウエイトレスは弟にききました。
「無一文になってしまって、明日からどうするの?」
 すると弟はウエイトレスにいいました。
「何も心配はいらないよ。ぼくは腹の中にあるカニの脚のおかげで、毎朝金貨が手に入るんだ。」
 ウエイトレスは驚きましたが、つとめて平静をよそおって、
「あら、そうなの。」
と興味のないふりをしました。すると弟はこの美人ウエイトレスの気をひくために、今までのことをすっかり話しました。ウエイトレスはじっと弟を見つめながら、話に聞き入っていました。それを見た弟は、いい気分になり、そして眠ってしまいました。

ウエイトレスはそのカニの脚を自分のものにしたくなりました。そして、眠っている弟の口の中に、強いお酒をたっぷりと流し込みました。弟は具合が悪くなって目をさまし、おなかの中のものをげえげえと吐き出し、カニの脚も吐き出してしまいました。ウエイトレスはすぐにそのカニの脚を奪い取ると、弟を自分の家から追い出してしまいました。

次の朝、弟は道端で目をさましました。頭の下からは、もう何も出てきませんでした。仕方なく弟は町を出て、旅を続けることにしました。しかし無一文ですから、宿に入ることも食事をすることもできません。長いこと歩き続けた弟は、おなかがすいて動けなくなり、近くの野っぱらにはえていた青い菜っ葉をちぎって、むしゃむしゃと食べました。すると不思議なことに、弟の体はみるみるロバの姿になりました。弟はわけがわからないまま、その近くにはえていた白い菜っ葉も食べました。するとすぐに人間の姿にもどりました。弟はもう一度、青い菜っ葉を食べてみました。すると弟の体はロバになりました。それから白い菜っ葉も食べてみると、すぐにまた人間にもどりました。

弟は青い菜っ葉をちぎってポケットに入れると、今来た道を引き返し、ウエイトレスのいる町に戻ってきました。そして野菜売りに変装して市場に座っていました。やがてウエイトレスが買い物にあらわれたので、弟は声をかけました。
「お嬢さん、ちょっと珍しい野菜があるよ。この町ではまだ誰も食べたことがないだろうよ、オレンジの味がするサラダ菜だ。どうだい、ひとくち食べてみないかい?」
 ウエイトレスは弟が差し出した青い菜っ葉を受け取り、ひとくち、食べました。するとウエイトレスはみるみるロバの姿になりました。ロバはあわててあばれましたが、弟はロバの首になわをつけ、ロバを引っぱって町を出ていきました。そして弟はロバを連れて旅を続けました。ロバの頭の下から毎朝出てくる金貨はもちろん、弟が自分の財布にしまいました。

やがて弟はある町に着きました。弟はこの町が気にいったので、ここで暮らすことにしました。そしてロバには仕事をさせることにしました。弟はロバにうんと重い荷物を背負わせ、棒でビシビシとたたきながら働かせました。町の人はロバを気の毒に思い、そのことを口々にうわさしました。それはすぐに王様の耳にも入りました。王様は弟のところにやってきて、いいました。
「もう少し、ロバをいたわってやってはどうかね。」
 そして、ロバの背をなでました。その王様の手の指には、あの分かれ道で自分が兄に渡した指輪がありました。弟はゆっくりと、いいました。
「このロバにはこの仕打ちがふさわしいんですよ、兄さん。」
 そういわれて王様は、弟のベルトにさしてあるナイフを見ました。それはまさに、自分があの分かれ道で弟に渡したナイフでした。2人はこの思いがけない再会を大変喜びました。さっそく兄は弟を城に連れていって一緒に食事をし、お互いの今までの話を色々と語りあいました。兄は弟にいいました。
「もうあのロバは解放してやりなさい。そしておまえはこの城で暮らしてはどうだね。」
 弟はそのとおりにすることにしました。

ロバはすぐに、自分が弟にしたのと同じように、口の中に強いお酒をたっぷりと流し込まれました。ロバはすぐに具合が悪くなり、おなかの中のものを全部げえげえと吐き出し、カニの脚も吐き出しました。弟はカニの脚を拾い上げました。そしてロバはふらふらのまま、町の外に放り出されました。ロバが自分の町へ帰る途中で白い菜っ葉を見つけられるように、お祈りしてあげましょうかね。これで昔話はおしまい。

2012.09.30

原話:「金のたまごをうむカニ」
書名:カナリア王子 イタリアのむかしばなし(福音館文庫)
イタロ・カルヴィーノ(再話)、安藤 美紀夫(訳)
出版社:福音館書店

もとのお話では、カニを拾ってくるのは息子ではなく石工です。仕立屋はカニを手に入れるために自分の娘を石工の息子と結婚させようとします。

2人の息子は旅に出て宿に泊まりますが、朝まくらの下にお金の入った財布があるので、宿のおかみさんに試されているのだと思い「自分は泥棒なんかしませんよ」と財布を返しにいきます。おかみさんも知らんふりしてそれを受け取ります。分かれ道で2人が交換するのは、刀と、水の入ったビン。

兄が王に決まるのは、王を決めるために飛ばした鳩が兄の頭にとまるから。弟のカニの脚をだましとるのはウエイトレスではなく王女、カニの脚の秘密を王女に教えるのは魔女です。使われるのは酒ではなく吐き出し薬。

ロバになった王女は、最後には王女に戻してもらえます。

再話アレンジに選んだ理由
このカニのちからの不思議さです。金のたまごをうむだけでなく、横取りしようとした仕立屋によってはじめてカニの本当のちからがわかり、しかもそれとは知らずにもとの持ち主の石工の息子がそれを身につける、という面白さにひかれました。