昔々あるところに、大工がひとりおりました。大工には、優しい奥さんと、生まれたばかりの可愛い赤ちゃんがおりました。ところがあるとき、奥さんが重い病気になりました。そして、大工と小さな赤ちゃんを残して死んでしまいました。大工は何日も何日も泣き続けました。やがて奥さんのお葬式が済むと、大工は小さな赤ちゃんを背中におぶって仕事をするようになりました。しかし、重い木材をかついだり、屋根に登って釘を打ったりするときに赤ちゃんをおぶったままでは、赤ちゃんが怪我をしてしまいます。
大工の仲間は皆で相談して、この大工に揺りかごを贈りました。大工は仕事をする間、この揺りかごに赤ちゃんを寝かせておきました。大工が仕事をしている間は、近所の子どもが、揺りかごを揺らしてくれていました。赤ちゃんは揺りかごの中で、すやすや眠ったり、機嫌良く笑ったりしていました。やがて秋がやってくると、近所の子どもたちは皆、収穫で大忙しの畑や田んぼの手伝いにかりだされました。そんなわけで、揺りかごを揺らしてくれる子どもがいなくなってしまいました。大工は困りましたが、また赤ちゃんを背中におんぶして仕事をするわけにもいかないので、今まで通り揺りかごに寝かせておいて、大工仕事にかかりました。
赤ちゃんはその日は一度も泣きませんでした。おかげで大工はよい仕事ができました。そして、次の日も、その次の日も、赤ちゃんは揺りかごの中で、一度も泣くことはありませんでした。ある日、揺りかごの中の赤ちゃんが泣かない事を不思議に思った大工は、仕事中に、何度も赤ちゃんの様子を見に行きました。しかし、いつ見に行っても、赤ちゃんはいつもごきげんに笑っているか、すやすやと眠っているのでした。
大工はいよいよ不思議に思って、今度はこっそりと、足音をたてずに、息をころして、そっと物陰から揺りかごの様子を見ました。すると、揺りかごのふちに、小さな鳥がとまっていました。その小さな鳥は、赤ちゃんにやさしく話しかけたり、子守歌を歌ったりしていました。その声は、まぎれもない、赤ちゃんのお母さんの声でした。大工は、小鳥に気付かれないように、そっと仕事に戻りました。そしてその後は、仕事中に赤ちゃんの様子を見に行くことはありませんでした。しかし、大工は小鳥のことは誰にも言いませんでした。
やがて収穫の季節が終わり、近所の子どもがまた揺りかごを揺らしに来てくれました。大工は子どもに、またよろしくな、と言って笑いました。おしまい。
2007.10.07
三題噺です。お題は「揺りかご・喋る鳥・大工」でした。