どこまでも、まよいみち

死人の恩返し@そだひさこ

昔々。若い商人が船で外国へ行きました。そしてその国での仕事を終え、町を見物して歩いていました。すると、道ばたに、死んだ男が放り出されていました。通りかかる人々は、その死体をけとばしたり、つばを吐いたり、とにかくひどい扱いをしていました。商人は、ききました。
「なぜこの男は、埋葬もされずに道に放っておかれているんですか。しかも、こんなにひどいめにあって。」
 すると町の人はいいました。
「この国では、借金を返せずに死んだ人間は、こうなるんですよ。」
 商人は、この死人の借金をかわりに返してやり、残ったお金で死人を墓地に埋葬してやりました。

それからしばらくすると、また商人は船で外国へ行きました。そしてその国での仕事を終え、町を見物して歩いていました。すると、奴隷商人が、美しい若い娘を奴隷として売っていました。商人は娘を気の毒に思い、持っていたお金を全部払って娘を買いとり、自分の国へ連れて帰りました。商人はこの娘を家政婦として家におきましたが、娘はとても賢くて、商人の仕事を手伝うことができましたので、商人はこの娘をすっかり気に入りました。娘も商人を慕っていたので、まもなく2人は結婚しました。2人のあいだには、かわいい男の子がうまれました。

さて、商人はまた外国へ仕事をしにいくことにして、妻に留守を頼みました。すると妻はいいました。
「お願いがあります。あなたと、わたしと、子どもとの、3人の写真を、だれでもがその写真を見れるように船にかかげてください。そして、船の行先を、わたしがこれからいう国にしてください。」
 商人は妻のいう通りに、3人の家族写真を船のへさきにかかげました。そして妻が教えてくれた国に向かって出発しました。

それから何日かが過ぎて、海の上を走り続けた船はめざしていた国に着きました。商人の船が岸につけられると、人々は船のへさきの写真を見てさわぎはじめました。さわぎはみるみる大きくなり、ついには王さまがあらわれました。王さまは写真を見ると、商人にたずねました。
「この写真に写っているのは、だれかね。」
 商人は答えました。
「わたしと、わたしの妻と、わたしたちの子どもです。」
 王さまはまたたずねました。
「いったいどこで、そなたたちは知り合い、そしてなぜこの国へやってきたのかね。」
 商人は答えました。
「妻は、ある国で、奴隷商人に奴隷として売られていました。気の毒に思ってわたしが買いとったのです。この国へ来たのは、妻がそうしてほしいといったからです。」
 王さまは商人にいいました。
「間違いない。そなたの妻は、わたしの娘だ。何者かにさらわれて行方不明になっていたわたしの娘、この国の王女である!」
 そして王さまは、すぐに商人の国から妻と子どもを連れてきて、ここで一緒に暮らしてほしいと頼みました。商人は承知して、着いたばかりの船を岸から離し、自分の国へ引き返していきました。

ところが、この国には王女のいとこのトニーノという人物がいました。トニーノは幼いころから、王女と自分が結婚することを望んでいました。トニーノは王女の夫になった商人を憎み、憎い商人を殺してしまおうと考えました。そして、商人が妻と子どもを連れてもどってくる日になると、ひとりで小舟に乗って沖に出て、商人の船を待ち構えました。そして商人の船があらわれると、すぐにその船に乗り込んで、船室に降り、そこにいた王女と再会を喜び合いました。王女はトニーノのたくらみなど知りませんから、なつかしいいとこに会えたことを喜びました。トニーノは、商人にいいました。
「王女がぶじでいられたのは、あなたのおかげだ。本当に感謝しています。今ちょうど、気持ちのいい風が吹いていますから、甲板に出て、話をしませんか。」
 商人はこころよく応じて、船室をあがって甲板に出ました。そのあとからトニーノも甲板に出ました。そしてトニーノは、波を見ましょうといって船のへりに商人をさそい、すきをみて、えいっと商人の両足をもちあげて海に落としてしまいました。船はそのまま走り続け、商人の姿はすぐに見えなくなりました。トニーノは船室に降りていって、王女にいいました。
「たいへんだ、きみの夫が海に落ちてしまった。助けようとしたが間に合わなかった。」
 王女は急いで甲板に出て海面をさがしましたが、商人のすがたはありませんでした。名前を呼んでも、返事はありません。王女は声をあげて泣きだしました。やがて船が岸に着くと、王さまにもこのことが知らされました。王さまは大変おどろき、娘の夫の死を心から悲しみました。そして国じゅうの人々が、この知らせをきいて泣きました。

さてしかし、海に落とされた商人は、まだ死んではいませんでした。商人の船がいってしまうとすぐに、海に沈みかけた商人の体がまた海面に浮かび、小さな舟に乗った男がそれをたすけあげました。商人が息を吹き返すと、男はいいました。
「いいですか。岸に着いたら、だれにも見られないように気をつけてお城に入りなさい。そして、まっすぐ王さまのところへ行って、あなたがなぜ海に落ちたのかを話しなさい。けっして、途中でだれかに姿を見せてはいけませんよ。」
 そして男は、商人の胸ポケットに、コインをひとつ入れて、いいました。
「このコインはお守りです。わたしはね、死んで道ばたに放り出されていた男ですよ。わたしをとむらってくださった、おれいです。」
 そのことばが終わるか終らないかというときに舟は岸について、男の姿は消えていました。商人が岸に上がると、舟も消えてしまいました。

商人はだれにも見られないようにお城に入り、お城の一番奥の、王さまのいる部屋へ向かいました。お城の部屋の扉はみんな閉まっていて、廊下には、だれひとり立ってもいないし、だれひとり歩いてもいませんでした。ところが、王さまのいる部屋の、一つ手前の部屋の扉だけが、大きくあけたままになっていました。商人は用心して、そっと中をのぞきました。するとそこには、王女が椅子に座って、子どもを抱いたまま泣いていました。王女はずっと泣き続けていたのです。この姿を見た商人は、はやく王女を安心させてやりたくなりました。そして男にいわれたことばを忘れて、王女のいる部屋の中に足を踏み入れ、王女の名前を呼びました。しかし、王女が顔を上げるより先に、部屋の隅にいたトニーノが商人の左胸をピストルで撃ちました。商人は倒れ、王女は悲鳴を上げ、王さまはとんできました。トニーノはいいました。
「商人が幽霊になってあらわれたのです。幽霊が王女さまにとりついては大変ですから、わたしが退治したのですよ。」
 そのとき、床に倒れていた商人が起き上がりました。そして、左の胸ポケットに入っていたコインをとりだしました。コインにはピストルの弾がくいこんでいました。コインがピストルの弾をくいとめてくれたので、弾は商人の心臓をうちぬかずにすんだのです。商人は立ち上がると、おどろいているトニーノからピストルを取りあげました。そして、自分がなぜ海に落ちたのかを、王さまに話しました。

王女の夫を殺そうとしたトニーノは、王さまの命令で、船で沖まで連れていかれ、そこから海に放り込まれて、海の底に沈んでしまいました。それからお城では、王女と商人との、世にもはなやかな結婚披露宴がおこなわれ、あらゆる国の人たちが招待されて、食べたり、飲んだり、踊ったりしたそうですよ。これで、昔話は、おしまい。

2012.10.31

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