どこまでも、まよいみち

おなら宿

昔々あるところに、旅をしている男がいました。
ある日の夕暮れ、男は、小さな宿屋の前で足を止めました。宿屋の看板にはこう書いてありました。
「うまい夕飯が食える宿」

男はこの宿に泊まってうまい夕飯を食うことにしました。
ところが、男が宿に入ろうとしたとき、誰かが
「待て、その宿に入るのは待て」
と言いました。見ると、そこには老人がひとり立っていました。そしてまた言いました。
「その宿に泊まってはならん、その宿でうまい夕飯を食ってはならん。おならが止まらなくなって大変な事になるぞ!」
しかし男は、
「俺は、うまい夕飯を食って寝たいんだ。おならが出たってちっとも困らん。俺はここに泊まる」
と言いました。老人が
「どうしても泊まるのか」
と聞くと、男は
「ああ、俺はどうしても泊まるのだ」
と答えました。老人は仕方なさそうに、ふところから携帯電話を取り出して男に差し出し、言いました。
「その電話が鳴ったら必ず出るのだぞ」
男が携帯電話を受けとると、老人はもうそこにはいませんでした。

男は携帯電話をふところにしまうと、宿に入りました。宿の主人は親切に男を迎え入れ、男を長い廊下の奥の部屋へ案内しました。そしてしばらくすると、宿のおかみさんが夕飯を運んできました。男はさっそく夕飯をぱくりぱくりと食べました。その飯は本当にびっくりするほどうまい飯でした。男は言いました。
「おかみさん。この宿の看板に書いてあることは本当だねえ。こんなにうまい飯を俺ははじめて食ったよ。これはいったい、普通の飯なのかい? それとも魔法の飯か何かかい?」
するとおかみさんは、
「まあまあ、もちろん普通のご飯ですとも。そんなにほめていただいて、幸せでございますわ」
と言いました。そして、プー、とおならをしました。おかみさんはあわてて、
「あら、ごめんなさいまし、おほほほ」
と言い、お盆で顔を隠しながらすたすたと走って行ってしまいました。男は可笑しくなってくすくすと笑いながら、ぱくぱくとうまい飯をたいらげました。すっかり満腹になり、満足して、いい気持で横になっていると、今度は男のおしりからも
プー
とおならが出ました。男はまた可笑しくなって一人で笑っていました。

すると、長い廊下をぱたぱたと足音が走ってきました。そして部屋の前で、ぱた、と止まり、戸がすうっと少しだけ開いて、小さな子供が顔を出しました。そして、
「おじさん、おならが出ましたね。」
と言いました。そして自分も、プー、とおならをして、にこっと笑って、ぱたぱたと走って行ってしまいました。
男はいよいよ可笑しくなって、笑いが止まりませんでした。笑っているうちにまた、
プー
とおならがでました。すると、またぱたぱたと子供が走ってきて、
「おじさん、またおならが出ましたね。」
と言って、自分もプーとおならをして、にこっと笑って、ぱたぱたと走って行きました。それから男が
プー
とおならをするたびに、ぱたぱたと子供が走ってきて、
「おじさん、またおならが出ましたね。」
と言って、自分もプーとおならをして、にこっと笑って、ぱたぱたと走って行きました。それからも、
プー
パタパタ
プー
パタパタ
プー
パタパタ。

男のおならはどういうわけか、ちっとも止まりません。そして子供は、もう何十回も廊下を走っています。もう真夜中なのに、ちっとも眠らずに元気に走ってくる子供を、男は不思議に思いました。そして男は子供のあとをつけました。子供は廊下を走って行って、主人とおかみさんのいる部屋に入りました。男はそっとその部屋を覗きました。するとなんと子供は、頭にツノを生やした小さな鬼の姿になっていました。そして主人もおかみさんも鬼の姿をしていました。子どもの鬼は、にこっと笑って言いました。
「あと一回だね。」
おかみさんの鬼も言いました。
「次で百回目ね。」
主人の鬼は、頭に生えた金色のツノをピカピカ光らせながら言いました。
「百回目のおならをした瞬間に、あの男は熱々の人間の丸焼きに変わるのだ。今晩はうまい夕飯が食えるぞ!」

男は急いで部屋に戻りましたが、まずいことに、ついに百回目のおならが出そうになりました。男は必死でおならを我慢しながら、部屋の窓を開け、宿を逃げ出しました。
ちょうどそのとき、待ちきれなくなった子鬼がパタパタと廊下を走ってきて、部屋の戸を開けました。すると部屋はからっぽで、窓の外に逃げて行く男が見えました。子鬼は窓から飛び出し、すごい速さで男を追いかけ、叫びました。
「おじさん!おじさん!おなら出た?」
男は必死で走りました。男はもうおならを我慢するどころではありませんでしたがそのとき、男のふところで携帯電話が鳴りました。男は急いで電話に出ました。すると
「投げろ!電話を投げろ!」
と電話が言いました。男は無我夢中で電話を子鬼に向かって投げつけました。

すると電話は子鬼のツノにガツンと命中し、子鬼は一瞬のうちにピカピカの金貨になってばらばらと地面に散らばりました。男は驚いて走るのをやめました。そして、男が宿のあったほうを見ると、そこにはもう何もなく、ただの草っぱらになっていました。空には金貨みたいなお月さまがピカピカと光っていました。男は安心して、
プー
と百回目のおならをしました。
もちろん、男は今でも元気で旅を続けていますよ。めでたし、めでたし。

2011.10.27

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