どこまでも、まよいみち

風呂屋の煙突

昔々ある小さな町に、小さな金物屋がありました。金物屋には、気のいい主人がぼんやりと座って、外を眺めておりました。今日の金物屋は、暇でした。今日のお客といえば、タワシをひとつ買いに来た、お風呂屋さんの丁稚がひとりあっただけでした。金物屋からは、お風呂屋の煙突が見えました。とても古いお風呂屋の、とてもりっぱな煙突でした。
「さっきの丁稚は、今ごろは風呂場の床を磨いているのかな」
と、金物屋は思いました。やがて、お風呂屋の煙突から、もくもくと煙があがりはじめました。お風呂を沸かしているのです。もうすぐ、お風呂屋が開く時間です。金物屋が煙突の煙を見ていると、煙のすぐそばに、白い雲がもくもくと流れてきました。煙と雲は混ざり合って、どこが雲でどこが煙かわからないようになりました。そして、煙は消えて、雲は流れて行ってしまいました。金物屋は言いました。
「今日は店も暇だし、早じまいして、ひとっぷろ浴びに行くかぁ」

金物屋は、洗面器とタオルを持って、お風呂屋へ行きました。金物屋は一番乗りでした。お風呂屋の主人は言いました。
「なんだい、今日はやけに早いなあ。とうとう商売畳んじまったのか?」
金物屋は笑って、
「うん、俺明日からここで雇ってもらおうと思ってさ」
と冗談を言いました。お風呂屋は笑って、
「まだちいっとぬるいかもしれねえが、まぁゆっくり浸かって行けや、うん」
と言いました。金物屋は、ぬるめの湯船にぽったりと浸かり、高い天井を見上げました。天井の窓からは、雲が見えました。雲は、どこまでも流れて行きます。湯船の中で金物屋は、なんだか夢のような心地になりました。いつのまにかのぼせてしまい、お湯から上がって冷たい麦茶をごちそうになった金物屋は、お風呂屋の主人に言いました。
「俺さぁ、おたくの煙突によじ登って、煙と一緒に雲になって、富士山まで飛んで行ってみたいなぁ」
するとお風呂屋のご主人は、
「なんだい、のぼせて変なことを言い出したよ。ああ、煙突でも何でも好きにしていいから、しっかりしてくれよ」
とあしらいました。金物屋は帰りがてら、さっそくお風呂屋の煙突によじ登りました。そして、流れてきた雲につかまって、そのまま富士山まで流れて行きました。そしてそのままぐるりと世界を一周しました。そして再びお風呂屋に帰ってきたときには、湯船のお湯はすっかり冷めていましたとさ。

2007.09.18

  背景画像:フリー素材 * ヒバナ