どこまでも、まよいみち

仕立屋の息子

昔々あるところに、仕立屋の夫婦がおりました。夫婦にはたいへん美しい息子がおりました。息子は父のもとで仕立屋の修業をしていましたが、今ではすっかり腕を上げ、どんなものでも仕立てられるほどになっていました。あるとき、仕立屋の店に、ひとりの女がふらりとやってきて、
「鋏研ぎのご用事はございませんか」
と、仕立屋の息子に言いました。息子は、それでは頼む、と言って、大きな裁ち鋏を渡しました。女は、はい、と言って両手で鋏を受け取り、
「これは、良い鋏でございますね」
と鋏をほめました。そして、若者の顔を見てニヤリと笑うと、言いました。
「あなたをご両親から切り離す事も、きっとできましょうね」
息子はこの恐ろしい言葉に驚きました。しかし女は、鋏を自分の懐に入れ、
「ほんの、冗談ですよ」
と、驚いている息子に言いました。そして、後ほどまた伺います、と言って外に出て行きました。息子は女の後ろ姿をしばらく見送っていました。ところが妙な事に気がつきました。地に映る女の影は、人間ではなく、恐ろしい化け物の影だったのです。息子はぞくりと身震いし、両親に言いました。
「何ということだ、私は化け物に魅入られてしまった。」
両親は、女が戻ってくる前に息子をどこかに隠さなくては、と言いました。そして息子を小舟に乗せて、小さな島に連れて行き、そこへ息子を置いてきました。

日も暮れようという頃、女が鋏を持って仕立屋の店に戻ってきました。そして、
「こんばんは。鋏を仕上げて参りました」
と言いました。しかし、そこには美しい息子はおらず、息子の両親がいるだけでした。女は怖い顔をして言いました。
「ふん、無駄なことを。私は闇でも目がきくのですよ」
そして女は外に出て行きました。両親も急いで外に出ましたが、女はどこかに消えてしまっていました。

息子は一人で島にいました。しかし夜になり、水の上を女がこちらへやって来るのを見ると、すっかり恐ろしくなりました。息子は夜の闇を集めて大きな布を仕立てると、それを頭からすっぽりかぶり、身を隠しました。そこへ女が来ましたが、そこはただ闇が広がっているだけでした。息子は闇の下で息を殺していました。女は長い間闇の周りをうろうろしていましたが、やがて、諦めてどこかへ帰って行きました。こうして息子はどうにか命拾いをしたそうです。

2007.09.12

  背景画像:フリー素材 * ヒバナ