どこまでも、まよいみち

珍しいフライパン

昔々ある町に、大きなお屋敷がありました。お屋敷のまわりには豆のつるが伸び放題に伸びていて、お屋敷を取り囲み、お屋敷の姿をすっかり隠していました。だから皆は、ここにお屋敷があったことなどとっくに忘れてしまっていました。このお屋敷の主人が、自分がどこに住んでいるかを皆に知らせようとすると、皆は決まって
「ああ、あれは古い豆の木だろう、冗談はやめてちゃんと住所を教えてくれよ。」
と言います。主人はわざわざ皆をうちまで引っぱって連れてきて、お屋敷にくっついている豆のつるを少し剥がして見せて、これが私の家の壁なのだ、と説明しなければなりませんでした。でも皆は少し経つと、そこに家がある事などすっかり忘れてしまうのでした。

あるとき、旅の金物屋が、荷車を引っぱって
「金物、金物」
と言いながら町を通りました。すると町の人は金物屋から色々な物を買って行きました。ところが、豆のつるのお屋敷の前では、金物屋は
「金物、金物」
と言わずに、黙って通り過ぎました。お屋敷の主人はこれに怒って、去って行こうとする金物屋の前に走り出ました。そして言いました。
「おい金物屋、なんだってこの家の前だけ黙って行こうとするんだ!」
すると金物屋は、
「人がいるとは思わなかったんで。家ならもうちっと家らしくしといてくれないと、俺みたいな通りすがりには家だなんてわかりゃあしないよ。あんたが怒るのは見当違いさ。」
と言いました。主人はこれを聞くとますます怒って、何時間も大声で怒鳴り散らしました。困った金物屋は長年売れ残っていた『やっかいなフライパン』を主人に押しつけ、
「これはとても高価で珍しいフライパンだ、これをやるからもう許してくれよ」
と言いました。そして急いで荷車を引っぱって、町から逃げて行きました。

主人は家の中に戻り、ブツブツ言いながら、タダでもらったフライパンを台所の壁にかけました。すると急にフライパンが、さっきの主人とそっくりの声で怒鳴り出しました。
「今日のおかずは炒り豆だ! 明日のおかずも炒り豆だ! 早くオイラで豆を炒れ!」
そして、主人がなだめてもすかしても、フライパンは怒鳴るのを止めませんでした。主人は大急ぎでお屋敷にひっついている豆のつるを剥がし、そこから豆を摘んで、フライパンで炒り豆にしました。そして、豆のつるがすっかりなくなると、フライパンはようやく静かになりました。
「こりゃあたしかに珍しいフライパンだ」
と、へとへとになった主人は言いました。屋敷の主人は炒り豆を配りながら、自分の家はどこそこですと町じゅうの人に教えて歩きましたとさ。めでたし、めでたし。

2007.09.10

  背景画像:フリー素材 * ヒバナ