どこまでも、まよいみち

鯛にもらった箸

昔々、海辺の町に、漁師が住んでおりました。漁師は毎日海に出て、魚を捕っておりました。今日も漁師は海に出ました。ところが今日は、一匹も魚が捕れませんでした。漁師が仕方なく帰ろうとすると、ぴちゃんと水の音がしました。それは、鯛が高く跳ねる音でした。そして鯛は、うっかり漁師の船の中に落ちてしまいました。思いがけない収穫に漁師は喜びましたが、鯛は泣いて漁師に頼みました。
「どうか私を海へ帰してください、かわりに私の宝物をあげますから。」
漁師は、そんな事ができるものか、と言いました。すると鯛は、美しい金のお箸をとり出して、漁師に見せました。そして言いました。
「このお箸を持って、何でも欲しい物を言えば、たちまちそれは漁師さんの目の前に現れます。けれど、このお箸を使えるのは、たったの一回だけです。間違って使わないように気をつけてくださいね。」
漁師はたいへん喜んで箸を受け取り、鯛を逃がしてやりました。

漁師は家に帰って食卓につくと、お箸をとり出して眺めました。そして、
「金貨百枚にするか、でっかい家にするか、それとも美人のお手伝いさんにしようかな。」
と独り言を言いました。すると漁師のおかみさんがお箸を取り上げて、
「何をぶつぶつと馬鹿な事を言っているんだい。さっさとご飯を食べちまいなよ。」
と言い、そのお箸でご飯を食べ始めました。そしてお箸を持ったまま、
「ちょいと、そこのおしょうゆを…」
と言いかけました。漁師は大慌てでおかみさんからお箸を取り上げ、ふところにお箸を隠してしまいました。おかみさんは、
「なんだい、妙だねえ。」
と不審がりながら、別のお箸でご飯を食べました。

そしてその夜、みんなが寝静まった真夜中のことです。ぽつ、ぽつ、と雨が降り出しました。雨はやがてひどい大雨になり、ついに洪水になって、漁師の村を襲いました。村の家々は洪水で壊れてしまい、村人も漁師もおかみさんも洪水に流されました。皆は一生懸命に、流木やいろんなものにつかまりました。しかしおかみさんはつかまるものがなくて、今にも溺れてしまいそうでした。漁師はおかみさんの体が沈まないように支えながら、もう片方の手でお箸を持つと、
「俺の船、俺の船をここへ!」
と叫びました。するとそこに漁師の船が現れました。おかみさんと漁師は船に乗り、村人も船に乗りました。そして皆は、漁師の船のおかげで命拾いをしたのだそうです。めでたし、めでたし。

2007.09.03

  背景画像:フリー素材 * ヒバナ