どこまでも、まよいみち

海の底の壺

昔々、ある海の底に、古い壺が沈んでいました。この壺は、海に沈む前は、蛇遣いが蛇を入れておく壺でした。蛇遣いは何年もの間、蛇遣いとして暮らしていましたが、やがて蛇遣いの蛇が歳をとって死んでしまったので、壺はからっぽになりました。

ちょうどそこを、貧しい娘が通りかかりました。娘は蛇遣いの持っている壺を見ると、言いました。
「ああ、蛇遣いさん、もしもその壺がもう要りようでないなら、どうか私にくださいな。大事な水がめを割ってしまって困っているんです。」
蛇遣いは、壺を娘にあげました。

貧しい娘は、蛇遣いにもらった壺を持って、毎日川へ水を汲みに行きました。あるとき、一人の商人が、その壺に目を留めました。その壺は、よく見るととても立派で、宝石がいくつも埋め込まれていたのです。商人は貧しい娘に言いました。
「もし、娘さん。毎日川へ水を汲みに行くのは大変だろう。私がお宅に井戸を掘ってあげるから、かわりにその壺を私に譲ってくれないかね。」
娘は喜んで承知しました。娘の家には小さな井戸ができました。そして商人は立派な壺を手に入れました。

商人は、壺をきれいに磨いて、高い値段をつけて自分の店に並べました。するとその店の前を、世界一の大富豪が、ラクダに乗って通りかかりました。そして商人に
「これはなかなか良い壺だ、もらおう」
と言って、ついていた値段よりも高いお金を出して、その壺を買いました。

壺を買った大富豪は、自分の国に帰るために、大きな船に乗りました。壺も、他の高価なお土産も、一緒に船に積み込みました。そしてある真夜中、大富豪の船が、海のまん中まで来たときです。いつの間にか、真っ黒な幽霊船が大富豪の船にぴったり寄り添っていました。幽霊たちは次々に大富豪の船に乗り込みました。そして高価な品々をぼろぼろのポケットに突っ込んで、不気味に笑いながら幽霊船へ戻って行きました。そして最後の幽霊が、あの壺を見つけました。幽霊は壺の中を覗きましたが、中は空っぽでした。幽霊は、ちっ、と舌打ちをして、
「空の壺など要らぬわ」
と言い捨て、幽霊船に戻りました。そして大富豪の船に呪いをかけて、海の底に沈めてしまいました。

そんなわけで、壺は今も海の底に沈んでいるのです。

2007.08.28

三題噺です。お題は「壺・海・妖怪(魔物)」でした。