どこまでも、まよいみち

黒雲に乗ったさるがみ

昔々あるところに、兄さんと妹と三毛猫が仲良く暮らしていました。あるとき、兄さんが町へ出かけることになりました。兄さんは妹と三毛猫に留守番を頼みました。そして言いました。
「もし、黒雲に乗ったさるがみがやって来たら、すぐに家に入りなさい。そしてしっかり鍵をかけて、隠れていなさい。さるがみは子どもや動物をさらって行って山奥に閉じ込めてしまうから、捕まらないようによく気をつけるんだよ。」
そして兄さんは、町へ出かけて行きました。

その日の夕方、妹が外でご飯を炊いていると、山のほうから、黒雲に乗ったさるがみがやって来るのが見えました。妹は急いで三毛猫を連れて家に入り、しっかり鍵をかけました。さるがみは家の前まで来ると、戸を開けようとしました。しかし、戸は開きません。さるがみは言いました。
「出てこい、子ども。さっき外でご飯を炊いていたのはおまえだろう。出てこないなら、あのご飯を全部もらっていくぞ。」
妹はじっとこらえて、何も言いませんでした。さるがみは、妹が炊いたご飯を全部山へ持って行ってしまいました。妹は家の中でぶるぶるとふるえていました。そこへ兄さんが帰ってきました。妹は泣きながら、さるがみのことを兄さんに話しました。兄さんは、妹の頭をなでて、言いました。
「よしよし、よく頑張ったね。ご飯はとられてしまったけれど、おまえと三毛猫が無事でいてくれて、兄さんは安心したよ。良かった、良かった。」
そしてその日は、みんなで一緒に眠りました。

次の日もまた、兄さんは町へ出かけることになりました。兄さんは妹と三毛猫に留守番を頼みました。そして言いました。
「もし、黒雲に乗ったさるがみがやって来たら、すぐに家に入りなさい。そしてしっかり鍵をかけて、隠れていなさい。さるがみは子どもや動物をさらって行って山奥に閉じ込めてしまうから、捕まらないようによく気をつけるんだよ。」
そして兄さんは、町へ出かけて行きました。

その日の夕方も、妹は外でご飯を炊きました。三毛猫は妹のそばでまるくなって眠っていました。妹はご飯のばんをしながら、三毛猫の頭をなでていました。そして、三毛猫のように、少し眠くなりました。すると、
「おい、眠っているとご飯が焦げるぞ」
と、大きな声がしました。妹はびっくりして飛び起きました。するとそこには、黒雲に乗ったさるがみがいました。そして、さるがみの大きな手には、三毛猫が捕まっていました。三毛猫はあばれて、さるがみをバリバリと引っ掻きましたが、さるがみはびくともしませんでした。妹はさるがみに言いました。
「三毛猫を返してください。ご飯を全部あげるから、三毛猫を連れて行かないで!」
しかしさるがみは言いました。
「焦げたご飯など要らぬ。いいか、今日は三毛猫で我慢してやるが、明日はおまえを連れに来るから覚悟しておけ!」
そして、低い声で笑いながら、黒雲に乗って山へ帰って行きました。三毛猫はまだバリバリとさるがみを引っ掻いていました。

妹は、焦げたご飯を持って泣きながら家に入りました。そこへ兄さんが帰ってきました。三毛猫がいなくなったわけをきくと、兄さんも悲しみました。それから妹は、明日は自分が連れて行かれるのだと兄さんに話しました。そしてまた泣きました。兄さんは言いました。
「泣かなくても大丈夫だよ。明日またさるがみが来たら、兄さんがこっそりさるがみの黒雲に隠れてさるがみの家に行く。そして三毛猫を助け出して来るから、安心しなさい。」
そしてその日、兄さんと妹は焦げたご飯を食べて眠りました。

次の日もまた、兄さんは町へ出かけることになりました。兄さんは妹に言いました。
「夕方になったら、昨日のように外でご飯を炊きなさい。そして、黒雲に乗ったさるがみがやって来たら、すぐに家に入りなさい。そしてしっかり鍵をかけて、隠れていなさい。さるがみがあきらめてご飯を持って山へ帰るときに、兄さんがさるがみの黒雲に隠れてさるがみの家に行って、三毛猫を助け出して来る。だからおまえは家の中で待っていなさい。」
そして兄さんは、町へ出かけて行きました。

その日の夕方、妹はご飯の支度をするために外へ出ました。兄さんはそのときにはもう町から帰ってきて、こっそり家の後ろに隠れていました。妹はご飯を炊きました。ご飯はおいしく炊けて、とてもいい匂いがしました。そのとき、
「今日はうまそうに炊けているな」
と大きな声がしました。妹がびっくりして振り向いたとき、さるがみはもうすぐそばに立っていました。そして、
「約束通り、おまえを連れて行くぞ」
と言って、妹を軽々とつまみあげました。そしてもう一方の手で炊けたばかりのご飯を持って、黒雲に乗りました。妹は泣きました。そして、三毛猫のようにさるがみの手をバリバリと引っ掻きました。そして、
「兄さん、助けて、兄さん、助けて!」
と叫びました。それを聞くとさるがみは、意地悪そうに言いました。
「おまえの兄さんは町からまだ戻っていないだろう。おまえを助けに来られるわけがない。わっはっは。」
そして、くるりと山のほうに向きを変えました。家の後ろにいた兄さんはそのすきに、さるがみの乗っている黒雲の中に隠れました。さるがみは、黒雲に兄さんが隠れているとも知らずに、びゅんびゅんと山奥に入って行きました。そして、薄暗い家にやって来ました。そこはさるがみの家でした。兄さんはそっと雲から抜け出して、物陰に隠れました。さるがみの家には、昨日捕まった三毛猫が、しょんぼりと縄に繋がれていました。さるがみは、妹を三毛猫の隣に縄で繋ぎました。そしてふたりを残して、また黒雲に乗ってどこかへ行ってしまいました。兄さんは、さるがみが出かけてしまうのを見ると、そっとさるがみの家に入りました。妹と三毛猫は兄さんを見つけると、
「兄さん! 兄さん!」
と、一生懸命に兄さんを呼びました。兄さんはふたりに近づくと、縄をほどこうとしました。しかし、縄はとても固く結ばれていて、ほどくのにはとても力が要りました。やっとほどけたそのとき、三毛猫の体から毛が一本抜け落ちました。そして妹の頭からも髪の毛が一本抜け落ちました。妹と三毛猫は、
「兄さん、早く逃げましょう」
と言いました。しかし兄さんは言いました。
「まちなさい。さるがみは黒雲に乗っているから、ただ逃げたのではすぐに捕まってしまうよ。兄さんにいい考えがある」
そして、妹にご飯をたくさん炊くように言いました。妹は、さるがみの家にあった一番大きな釜で、熱いご飯をたくさん炊きました。兄さんはそのたくさんのご飯をひとつに丸めて、大きな大きな熱いおにぎりを作りました。そしてそれを妹に持たせました。そして三人でさるがみの家を逃げ出し、一目散に走りました。

さて、兄さんたちが逃げ出したすぐあとに、さるがみが自分の家に帰ってきました。そして、黒雲に乗ったまま、大声で言いました。
「三毛猫、三毛猫はいるか、逃げ出してはいないか」
すると、兄さんが三毛猫の縄をほどくときに三毛猫から抜け落ちた体の毛が、
「ここにいるよ! こっちへ来たら引っ掻くよ、バリバリ!」
と返事をしました。次にさるがみはまた大声で言いました。
「おい子ども、子どもはいるか、逃げ出してはいないか」
すると、兄さんが妹の縄をほどくときに抜け落ちた妹の髪の毛が、
「ここにいるよ! こっちへ来たら熱いご飯をぶつけるよ!」
と返事をしました。さるがみは満足して、黒雲から降りて家の中に入りました。しかし、薄暗い家の中には誰もいませんでした。さるがみは不思議に思い、もう一度大声で言いました。
「三毛猫、三毛猫はいるか、逃げ出してはいないか」
すると三毛猫の体の毛が、
「こっちへ来たら引っ掻くよ、バリバリ!」
と返事をしました。さるがみが声のするほうを見ると、そこには、ほどかれた縄と、猫の毛と、髪の毛が落ちているだけでした。さるがみは怒って、大きな鼻の穴から鼻息を噴き出し、猫の毛と髪の毛を吹きとばしてしまいました。三毛猫の毛は
「引っ掻くよ、バリバリ!」
と言いながら、妹の髪の毛は
「ご飯をぶつけるよ!」
と言いながら、飛んで行ってしまいました。さるがみは黒雲に飛び乗り、逃げた三人を追いかけました。

そのとき三人は、どんどん走って、もう少しで山から出られるというところまでやって来ていました。しかしそこへ、黒雲に乗ったさるがみが、ごうごうと追いかけて来ました。さるがみは、
「よくも俺を騙したな! よくも俺を騙したな!」
と言いながら、その大きな手で妹を捕まえようとしました。兄さんは妹に、
「おにぎりを投げろ! 早く!」
と言いました。妹は急いで、さっき作った大きな大きな熱いおにぎりを、さるがみに向かって、えいっと投げました。すると、
「よくも俺を騙したな!」
と叫んださるがみの顔に、大きな大きなおにぎりがボカンと命中しました。その拍子にさるがみは、黒雲からうわっと転げ落ち、田んぼにめりめりとめり込んで死んでしまいました。

兄さんと妹と三毛猫は、無事に家に帰りつき、そのあとも三人で仲良く暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。

2006.11.24

  背景画像:フリー素材 * ヒバナ