どこまでも、まよいみち

貧乏神の話

むかしむかしあるところに、貧乏神がいました。貧乏神というのは、気に入った人を見つけると、その人の家に住みついて、その家の人を貧乏にしてしまうのです。だから、貧乏神はみんなに嫌われていました。村の人たちは皆、貧乏神が入ってこれないように家にまじないをかけていました。そういうわけで、貧乏神はどこの家にも入れずに、ひとりでたいくつしていました。

あるとき貧乏神は、川のそばにこしをおろしました。あまりにたいくつだったので、ぼんやりと空を見上げて、流れていく小さな白い雲を眺めて、ためいきをついたり、川の水が流れていくのをぼんやりと眺めて、ためいきをついたりしていました。そこを、ひとりの旅人が通りかかりました。旅人は、旅をして暮らしていたので、自分の家がありませんでした。旅人は、薬草で薬を作って、それを売って暮らしていました。旅人は、ぼんやりと空を見上げている貧乏神を見つけると、
「ははあ、あれは貧乏神だな。貧乏神が退屈そうにしているということは、村の人たちはみんなきっと良い暮らしをしているに違いない。」
と思いました。

それにしても、あんまり退屈そうで寂しそうな貧乏神を見ているうちに、旅人は、貧乏神のことがだんだん気の毒になってきました。そこで、旅人は貧乏神のそばへ行くと、自分もこしをおろし、弁当の包みを広げました。そして、ふたつあるおにぎりのひとつを貧乏神にさしだして、言いました。
「どうだい、一緒に飯を食わないか。」
貧乏神はびっくりしましたが、旅人からおにぎりを受け取ると、モシャモシャと食べ始めました。貧乏神は旅人に聞きました。
「あんたは、おれが貧乏神だってことをわかっていて、近づいてきたのかい?」
旅人は答えました。
「なあに、おれは旅をして暮らしていて、家というものがないから、あんたを嫌う理由もないのさ。ちょうどおにぎりがふたつあったから、ひとつあんたにやろうと思ってさ。」
貧乏神は、
「ああ、なるほど。」
と言いました。それから、少し考えて、また言いました。
「なあ旅人、このおにぎりのおれいに、あんたにひともうけさせてやるよ。この先に村がある。その村の村長の娘が、病で寝ているんだ。どんな医者もその病が治せなくて、村長は困っている。」
「うん、うん。」
旅人は言いました。するとまた貧乏神が言いました。
「ところで、村長の家の庭の池には、大きな鯉がいる。その鯉は、村長が山奥の滝つぼで釣ってきた鯉だ。そしてその鯉はもとの滝つぼに帰りたがっている。ところがそれが叶わないので、村長の娘を病にしてしまったのだ。」
「うん、うん。」
旅人は言いました。貧乏神は続けました。
「だから、娘の病を治すには、その鯉をもとの滝つぼに帰してやればいいわけだ。」
「なるほど、なるほど。」
と旅人は言いました。それから、
「では、その鯉をこっそり滝つぼに放してやれば、娘の病は治るんだな。これはいいことを聞いた。さっそくその村長の家に行ってみるとしよう。」
そして、旅人がおれいを言うと、貧乏神は最後に言いました。
「おい、あんたは何があっても旅をやめてはならんぞ。村長の娘の病気を治したら、すぐにまた旅に出るんだ。いいか、忘れるなよ。」
旅人は、わかった、と言うと、村に向かって歩き出しました。

さて、旅人が村へやってくると、村はしんとしていました。そして、村長の家からは、家中の人々が嘆き悲しんでいる声が聞こえてきました。旅人が家の中を覗いてみると、美しい娘が、やせ細って、今にも死にそうな様子で寝床に横になっていました。旅人は、家の中に聞こえるように、言いました。
「薬は、いらんかね。どんな病でも治る薬は、いらんかね。値段は高いが、かならず効くよ。どんな病でも治る薬は、いらんかね。」
すると、家の中から村長が出てきて、旅人を呼び止めました。
「もし、薬売りの人。うちの娘が重い病で困っているのだ。その薬を私に売ってくれないか。」
これを聞くと旅人は、もったいぶって、ふところから薬の包みを出して、言いました。
「では、この薬を売りましょう。お代は病気が治ってからでけっこう。ただし、この薬を飲ませるのは、今日の夜、月が真上に昇ってからだ。それより早く飲ませても効き目がないから気を付けなさい。」
そして、旅人は村長に薬の包みを渡すと、
「では、私は明日の朝、お代をいただきに参ります。」
と言って、すたすたとその場を去りました。しかし、村長が家の中に入ってしまうと、旅人は村長の家の前に戻ってきました。それから、こっそりと村長の家の庭に忍び込みました。そして、池に近づくと、じっと池を覗きました。そこには、大きな鯉がいました。

夕方になって、あたりがうす暗くなると、旅人は、池の鯉に向かって言いました。
「おい、鯉よ、おまえを滝つぼまで連れていってやるぞ。こっちへ来て、おれのふところに入れ。」
すると鯉は、ゆるゆると旅人の近くまで泳いできました。旅人が両手を水の中に入れると、鯉はその両手のところまで泳いできました。旅人は鯉を水から出して、ふところに隠しました。そして村長の家の庭を抜け出し、滝つぼまで急いで歩きました。そして真夜中、月が真上に昇ったとき、旅人は滝つぼに着きました。旅人はふところから鯉を出すと、滝つぼに放しました。そして、村長の家では、娘が薬の包みをあけました。鯉が滝つぼに放されたちょうどそのとき、娘は薬を飲みました。すると、何ということでしょう。娘は、みるみるうちに具合が良くなり、病気が治ってしまいました。村長も、村長の家の人も、村人も、涙を流して大喜びしました。

次の朝、旅人が、村長の家にやって来ました。娘はすっかり元気になって、美しい顔はますます美しく輝いていました。そして、きれいな声で、旅人におれいを言いました。旅人は、娘があんまり美しいので、うっとりして、とろんといい気持ちになりました。村長は言いました。
「おかげで娘はすっかり元気になった。あんたにはたっぷり代金を払わなくてはいかん。それから、おれいに、どうだね、この娘をあんたの嫁にする気はないかね。あんたたちの住む屋敷も、村一番の大工に頼んで建てさせよう。」
旅人はすっかり嬉しくなって、貧乏神が最後に言った言葉を忘れてしまいました。旅人は、村長の娘と結婚して、その村に住むことになりました。

それからしばらくして、旅人と村長の娘が大きなお屋敷で新しい暮らしをはじめた頃、貧乏神がこの村にふらりとやってきました。そして貧乏神は、まだ新しい大きなお屋敷を見つけました。貧乏神は言いました。
「この家はまだ新しいから、おれの住みつく隙間がどこかにあるかもしれんぞ。」
そして、ひょいひょいと天井裏に入りこみました。そこには貧乏神の思った通り、まだまじないのきいていない居心地の良い場所がありました。貧乏神は喜んで、そこに住みつきました。するとその日から、旅人の家はだんだん貧しくなって、ついにはお金が少しもなくなってしまいました。村長は、娘を旅人のところから自分のところへ連れ戻してしまいました。そう、貧乏神が住みついたのは、旅人のお屋敷だったのです。からっぽのお屋敷で、ぽつんと座っている旅人のそばに、天井裏から貧乏神が降りてきました。そして、旅人の肩を、ポン、とたたいて言いました。
「あんた、旅をやめてはいけないよっておれが言ったのを、忘れたんだな。」

旅人は、わずかな荷物をまとめると、また旅に出て行きましたとさ。

2006.09.26

  背景画像:フリー素材 * ヒバナ