どこまでも、まよいみち

ころがりたまご

むかしむかしあるところに、ニワトリ小屋がありました。ニワトリ小屋にはめんどりがいました。ある朝めんどりはたまごを一個産みました。そのたまごは、産み落とされるとすぐにころころ転がって、ニワトリ小屋の外に出てしまいました。

たまごはそのままころころ転がって、アリの行列のそばを通りました。アリは地面の巣の中に入って行きましたが、たまごはころころ転がって行きました。

たまごは次に、小鳥のそばを通りました。小鳥は地面をついばんでいましたが、たまごはころころ転がって通り過ぎて行きました。

たまごは次に、猫のそばを通りました。猫は転がるたまごを見ると耳をピンと立て、目を見開き、頭を低くしてねらいをつけ、たまごにビュッと飛びかかりました。しかしたまごは、ころりと向きを変えて猫をよけました。猫は何度も飛びかかりましたが、たまごは何度もうまくよけて逃げました。たまごはそのままころころと転がって行きました。

たまごはころころ転がって、大きなお屋敷の台所に入りました。そしてころころ床を転がって、コックのそばを通りました。コックは朝ご飯のオムレツを作っていました。コックは床を転がるたまごを見つけると、
「たいへんだ、あのたまごを拾わなくては」
と言ってたまごに駆け寄りました。しかしたまごはコックの手をすいすいとよけました。コックは何度もたまごを取ろうとしましたが、そのたびにたまごはすいすいとコックの手をすりぬけました。そしてたまごもコックも台所から廊下に出て、食堂の前を転がったり走ったりしながら玄関をすぎ、家の外に出てしまいました。台所では作りかけのオムレツが黒こげになって、黒いけむりがモクモクとコックを追いかけてきました。
「たいへんだ!」
コックはあわてて台所に戻って行きました。たまごはころころ転がって行きました。

たまごはころころ転がって、大きな港にやってきました。港には、船にのるためにやってきていた七人の音楽隊が、いすに座って休んでいました。たまごは音楽隊のそばをころころと転がっていきました。そして、地面に置いてあったラッパの中に転がり込んでしまいました。そのとき、音楽隊の一人が
「そろそろ時間だから、船にのろうじゃないか」
と言いました。音楽隊はめいめい自分の楽器を持って、船に乗り込みました。音楽隊のラッパ吹きのラッパの中に入りこんだたまごも、いっしょに船にのりました。

それからしばらくのあいだ船に揺られたラッパの中のたまごは、すっかり船酔いして、ぐるぐると目を回してしまいました。ラッパ吹きは船の甲板の上で涼しい海風に当たっていましたが、広い海を見ているうちに急にラッパを吹きたい気持ちになりました。そして、ラッパをくわえると、海に向かって大きくラッパを吹きました。
パララララーーー
と気持ちの良い音が出るのといっしょに、船酔いして目を回していたたまごが、ラッパから、ぽーんと飛び出て、海にぽちゃんと落ちました。たまごは目を回したまま、海の波の上を転がっていきました。

やがて夜になり、たまごは浜に着きました。浜ではウミガメがたまごを産んでいました。ころがりたまごはそのよこをころころと転がっていきました。

たまごは小さな町の小さな酒場の前を通りました。ひとりの酔っ払いがたまごを見つけ、仲間の酔っ払いに言いました。
「おい、たまごがひとりでころころ転がっていくぞ、見てみろよ」
しかし仲間の酔っ払いは、
「わっはっは、なにを言っているんだ。たまごがひとりで転がっていくわけがないだろ、おまえ酔っぱらってるのかい」
と言って、またぐびぐびとお酒を呑んで、もう一度わっはっはと笑いました。

たまごはころころ転がって、森の中に入りました。そして夜の間中、草の間をころころと転がりました。フクロウが、ホー、ホー、と鳴きました。遠くに三日月が見えました。

森には、するどいキバを持った狼がいました。狼は、とてもおなかがすいていました。たまごは草むらをそっと転がっていたのですが、なにしろ夜はシーンと静まりかえっていましたので、草の擦れ合うかすかな音が、狼のするどい耳に届いてしまいました。狼は音を辿って、転がるたまごを見つけました。狼はそのするどい目でたまごにねらいを定めると、次の瞬間、ビュッと飛びかかりました。しかし、狼がたまごをつかまえるよりもはやく、たまごはシュッと脇によけて、そして転がるのをやめてぴたりととまりました。狼はおどろいて、自分もぴたりと止まりました。たまごはじっとしています。狼もじっとしています。あたりはしんとしていました。草は一本も動かずに、たまごと狼を見守っていました。長い長い時間がすぎました。

そのとき、まぶしい朝の光がひとすじ、たまごをてらしました。たまごの殻に光が反射して、ピカリと光りました。狼は、まぶしくて一瞬まばたきをしました。するとたまごはその瞬間に、ピューンと猛スピードで転がって、狼の目の届かないところまで転がっていってしまいました。

小さなニワトリ小屋のにわとりが、今朝もたまごを一つ産みました。ちょうどそのとき、ニワトリ小屋の外には、あの転がりたまごが大冒険をして戻ってきていました。ニワトリの飼い主がたまごを取りに来て、ニワトリ小屋の前にあった転がりたまごと、ニワトリ小屋の中にあった生まれたてのたまごを拾うと、家に戻っていきました。そして朝ご飯に、卵焼きを作りました。卵焼きを食べたその家の子どもたちは、なぜだか分からないけれど、その日一日とてもわくわくした気分で過ごしたんだそうですよ。

ころがりたまごのお話でした。

2006.09.17

  背景画像:フリー素材 * ヒバナ